KOETEは、多言語現場チャットとして企業の現場に導入してもらう前に、まず開発者自身の店で試した。KOETE代表・宮崎和樹が経営するバンコクのパン屋「K's Bread」だ。
アプリが完成した段階で、店で働いていたミャンマー人の女性スタッフに使ってもらうことにした。特別な狙いがあったわけではなく、「自分たちが作ったものを、まず自分の店の現場で動かしてみよう」という、ごく自然な流れだった。
英語が通じなかった頃
そのミャンマー人スタッフは、やや無口なタイプで、英語もほとんど話せなかった。日本人である宮崎とは、それまでほぼコミュニケーションが取れない状態だったという。
日々の作業指示程度はどうにか回っていても、それ以上の細かいやり取り――「この作業、実はこうした方がいいと思う」というような、現場からの気づきや意見を交わす手段は、事実上なかった。
KOETEを入れたら、何が変わったか
KOETEを導入し、彼女がちゃんと使えるようになるまでには、最初は使い方がよく分からない時期もあった。だが使いこなせるようになると、状況は一変した。
ある日、彼女からいきなりミャンマー語でメッセージが届いた。作業中に感じていた、テープの止め方についての改善提案だった。
အခု တိပ်ကပ်နည်းက ဖြုတ်ရခက်လို့ ဒီလိုနည်းနည်းပြင်ကြည့်လို့ရမလား။
日本語訳(オーナーに届く内容)今のテープの止め方だと外しにくいので、もう少しこうやって工夫してもいいですか?
▲ KOETEのチャット画面の例。ミャンマー語での提案が、オーナーには日本語で届く。
それまでの拙い英語では、絶対に伝えられなかった内容だ。他にも、こんな提案があった。
「夕方になると夕日が強いので、パンが傷むので棚を日陰に移動してもいいですか?」
これも同じく、拙い英語では伝えようがなかった気づきだった。彼女がミャンマー語でどんどん発言するようになったことで、店としてのコミュニケーションは劇的に良くなったという。
副次的に起きた、人間関係の変化
この変化には、思わぬ副産物もあった。時々バイトに来るタイ人の女性スタッフが、あるとき「なんで急にミャンマー人と(宮崎氏が)仲良くなってるの?」と嫉妬し、そのミャンマー人スタッフへの当たりが強くなる場面があったという。
宮崎氏はこう説明したという。
「違う違う、このアプリを入れてちゃんとこういう風に報告してもらってるんだよね。あなたもよろしく」
やり取りが増えたように見えたのは、仲が良くなったからではなく、それまで可視化されていなかった報告が、単純に見えるようになっただけだった。裏を返せば、これまで現場からの声がどれだけ拾われずに埋もれていたか、ということでもある。
この経験から得た気づき
宮崎氏はこの経験から、次のように振り返っている。
「仮に自分の上司が外国人だったとしても、細かいことは相手の言語や英語でなかなか伝えづらい。レストランでパクチー抜いてと言うくらいの単純な話はできても、もっと細かい要望は伝えられない」
簡単な単語で済む要望は、拙い英語でもなんとか伝わる。しかし「テープの止め方を工夫したい」「棚を日陰に移動したい」といった、理由や背景を含む細かい提案は、母国語でなければ出てこない。これは、パン屋という一つの現場に限った話ではないはずだ。
KOETEという選択肢
K's Breadで起きたのは、特別な仕掛けを用意した結果ではない。管理者は日本語で書くだけ、相手にはその人の母国語で届く。逆に相手が母国語で書けば、管理者には日本語で届く。KOETEが用意しているのは、この一往復だけだ。
この記事のテーマに直結するのは、次の機能だ。
- AI翻訳(13言語対応):ミャンマー語を含め、対応の難しいマイナー言語も含めて自動翻訳する
- 改善提案:現場からの気づきを、簡単な入力とテンプレートでハードルを下げて拾い上げる
- やり取りの記録:誰が・いつ・何を提案したかが残り、後から追える
なお、KOETEはSaaS(クラウドサービス)として提供しており、現場ごとの個別カスタム開発は行っていない。既存の機能とテンプレートの範囲で、どの現場でも使える形になっている。また翻訳はあくまで日常の業務コミュニケーションを支援するものであり、契約書などの法的文書への利用は推奨していない。
まとめ
自分のパン屋で最初に試したのは、「うまくいくかを検証するため」というより、開発者自身が現場でその変化を見たかったからだ。結果として見えたのは、母国語で書ける場所ができただけで、それまで拙い英語では出てこなかった提案が、本人から自然に出てくるようになったという事実だった。
KOETE